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「ゲーム × プログラミング」で生きていく

ゲームに効率を求めた時、プロゲーマーのある言葉が私に刺さった【大人必読】

THOUGHT

先日の話、Twitterを開くとタイムラインにこんな記事が目に留まった。【公開終了→目次は読めます】『世界一のプロゲーマーがやっている 努力2.0』を全文公開します。というプロ格闘ゲーマーで有名なときど氏(谷口一)が書いた記事。

つい先日まで全文公開されていて無料で読めました、気になる方は下記の書籍を購入する事で読めます、って別に本の紹介をしたいわけではない、そこで書かれている一文が私の心に刺さったというのがこの記事での話(これに関しては今でも無料の範囲で読めます)

電車に乗っている時に暇つぶしに読んだこのnote(本)にはこんなことが書いてあった。

勝てなくなって初めて、僕は彼らがやってきたことの価値を思い知らされたのです。いわゆる効率を追求するだけなら、そもそもAIにはかなわない。人間であることの意味や必要性のようなことを、たぶん生まれて初めて考えさせられました。

引用:『世界一のプロゲーマーがやっている 努力2.0』

ゲームに対しては効率厨と呼べるほど効率重視な自分にこの言葉は刺さった、そもそもなぜ効率を求めるのだろうかという、そもそもの話を大人になって改めて冷静に考えさせられるキッカケになった。

私がゲームに効率を求める理由

私がゲームに効率を求める理由

私は小さい頃から効率厨だった気がする、しかし効率を求めた先にある目的は年齢を重ねていくうちに変わっていたと気付く、少し例を出してみる。

学生の頃の自分

高校生にも満たない頃、『ファイアーエムブレム 聖魔の光石』というゲームをよく遊んでいた自分は、効率よく強くなる為に序盤(5章らへん)で闘技場に籠り全キャラをカンストさせるという作業に没頭していた、倒されたキャラは復活しないので必死のぱっち。

他にも、名作であるモンハン2ndGにハマった時は、最短で強くなる為に普段喋ることもないクラスメイトに声をかけ「一狩り行こうぜ!」と半ば強引に共闘を頼み込んだこともあった、シャドーキャラはゲームにおいては強力だという先入観がありそれは事実だった(ゲス顔)

他にも思い出はたくさんありますが、全て共通しているのは「強くなりたい」という一点で、当時の私は純粋に誰よりも早く強く最前線を走りたかったわけです、強くなる為なら徹夜もしたし攻略本もたくさん買った、ガラケーでワザップを漁ったり。

社会人になった今の自分

今の流行りはソシャゲならぬスマホゲー、最近で言えばCoDモバイルにハマっているわけだが、遊ぶ前にする事と言えば最強武器やリセマラ手順に妥協ラインといった事前知識のインプット、いかに時間を無駄にせずゲームを進めるかが自分の中で最重要ポイント。

課金した方がいいゲームなのかそうでないのか、ノビシロのあるゲームなのか、プレイ人口は確保できるゲームなのかも割と考えたりする、その背景にあるのは遊ぶ事で消費する時間というリスク、何かに取り組む以上時間は無駄にできないという考えが今の自分にはある。

誰よりも早く強くなりたい一心で効率プレイを貫いたかつての私、最小限の力と時間を使って強くなれればいいという現代の自分、同じように効率を求めても背景は全然違う。

効率プレイは悪い事ではない

正直言って効率プレイは悪い事ではない、効率厨と煙たがれる事はあれどそういった考えを持つ人からすれば自然の事で否定されるようなことではない。その先に面白さや楽しさを見出せれば正しいと私は考える。

これを踏まえて今の私はどうだろう、冷静に考えて燃えるような没頭するような楽しさや面白みは感じた事はないかもしれない、CoDモバイルを遊び始めた頃は楽しかったかも、でもそれも1日で今はぼちぼちと言ったところ。

これは多分、効率よく強くなる為には時間をかけるしかないという結論に至ったからで、時間を大量に消費するという未来が見えた事で熱が冷めてしまったのだと思う、もちろん楽しい事には楽しいが、仕事が終わったらすぐ遊びたいというレベルではない。

ネトゲをやらない理由

ネトゲ(PCゲーやMMORPG)にハマらない理由もかつてネトゲ廃人だった記憶と経験から「強くなるにはプレイ時間を稼ぐこと」という時間の消費を前提としたプレイスタイルを強制されるからだと冷静に頭を回転させている今なら断言できる。

こういう話をするとエンジョイ勢という言葉が出てくるが、弱い人でありたくないという思いは今も変わらない、中途半端なレベル帯でいるならやらない方がマシ、時間の無駄だと考えてしまう自分は救いようがない効率厨、キャラクリや着せ替えに興味がないのは多分強くなることにはほぼ無関係な要素だから。

繰り返すと、効率プレイは悪い事ではない、ただし、こういう自分みたいな効率厨崩れはゲーム不適合者かもしれない、ゲームをする上で面白いと感じる気持ちや心は失ってはいけない。

効率を追求するだけなら、そもそもAIにはかなわない

効率を追求するだけなら、そもそもAIにはかなわない

ここまで冷静になれば、冒頭で紹介したときど氏の言葉がグサッと心に刺さった理由が分かる気がする、かなり心にぶっ刺さったのでもう一度紹介しておく。

勝てなくなって初めて、僕は彼らがやってきたことの価値を思い知らされたのです。いわゆる効率を追求するだけなら、そもそもAIにはかなわない。人間であることの意味や必要性のようなことを、たぶん生まれて初めて考えさせられました。

引用:『世界一のプロゲーマーがやっている 努力2.0』

今の私が言う効率プレイはAIに代替出来る事ばかりで、一人のゲーム好きとして感じれる事や伝えるものが何一つとしてなかったのかもしれない、昔の自分は効率プレイながらも失敗すら楽しめたが、今自分が同じ事をすれば舌打ちものだろう。

最近どのゲームを遊んでもつまらないと感じるのは、自分の価値観や考え方が変わったからでゲームの本質は変わっていないのかもしれない、何事も効率化がすすめられる時代だからこそ人がやる理由を見出す必要があるのかもしれない。

効率プレイヤーの方、ゲームがつまらないと感じている方は「自分がゲームを遊ぶ意味」を考えてみるといい、人が遊ぶからゲームとして成り立つわけで、そこに人らしさが無ければゲームなりえず、ただの作業と言い切れるならそれは時間の無駄だと私は思いました。

以上、語り調おつ。

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